岩井村のはじめ
雷神社 宮司 嶋田 正
岩井村のはじまりは、景行天皇の御代に日本武尊が東夷征伐をされた時、三毛佐保橋と云う人が帰順してこの岩井の地に田を開拓したのが始まりだと云われています。岩から湧き出す清水を堰して田に潅水したのが岩堰であって、後に岩井と村の名になったと伝えられ、昔は石井村とも書いたと云われました。
その後、三毛佐保橋の時から五百年余り過ぎて、皇極天皇の御代に蘇我入鹿の残党が昿野に来て谷津田を開拓したといわれ、その頃岩井は、昿野八軒元村八軒と謂ったということです。
雷神社 宮司 嶋田 正
岩井村のはじまりは、景行天皇の御代に日本武尊が東夷征伐をされた時、三毛佐保橋と云う人が帰順してこの岩井の地に田を開拓したのが始まりだと云われています。岩から湧き出す清水を堰して田に潅水したのが岩堰であって、後に岩井と村の名になったと伝えられ、昔は石井村とも書いたと云われました。
その後、三毛佐保橋の時から五百年余り過ぎて、皇極天皇の御代に蘇我入鹿の残党が昿野に来て谷津田を開拓したといわれ、その頃岩井は、昿野八軒元村八軒と謂ったということです。